T.S さん (40代・男性)

春に法師教育を受けました。そのときに自宅での飲酒を止める、と心を立てました。実はそれまでもお酒を止めたくて、止めると宣言したりしていましたが、なかなか止められませんでした。癖になっていて、家に帰ったら飲むことが続いていたんです。

法師教育のときも、まあ決めたけれど、これまでと同じように飲んでしまうかも、くらいの気持ちだったのですが、本当に不思議なことに、気付いたらもう飲んでないんです。
いらないんです。

お酒自体を止めるのではなく、家で飲むのを止めると決めただけだったのに、すーっと自然にお酒から離れられました。そして本当に楽になったことと言えば、よく眠れるようになったことです。30歳頃からあまり眠れないようになり、お酒を飲み始めたのも30歳からだったんです。それで気付いたのですが、お酒を飲んだから眠れなかったんですね。それで昼間は調子悪くなったのかな、と。でも今は良く眠れているので、体調がとてもいいです。帰宅して冷蔵庫を開けてお酒を探すことも無いし、お酒から離れるきっかけを法師教育でいただいたのかな、と思います。お酒を飲まなくても自分が自然と満たされている感じですね。もちろん会社でも家庭でも、日々振り回されたり上がったり下がったりしますが、その幅も少なくなってきたのかな、と思います。

これからの希望は、表面的にも明るくなりたいですし、内面的にも心の自由さという意味でも明るくなりたいと思っています。何か閉じ込められているのを感じますので。

ただ、不思議と安心感はあります。以前は落ちこんだときに、拗ねたりヤル気を失って塞ぎこんだりしていましたが、今はそれでも上がっていけるということが分かります。だから安心して挑戦できるというか、失敗しても大丈夫という気がしています。かつての自分は真逆だったので、今が本当に楽です。余裕が出てきて、人の話も以前より聞けるようになっています。

何か自分を鼓舞して、頑張って、というのではなく、自分を高めるようなことや、人和会のお行が、楽しいと感じているんです。例えば、お行に行く前日は「明日のお行楽しみやわ」とワクワク感が湧いてきます。やらなければ、という焦りや縛りが自分に無いのが、なんだか良い感じです。それと会社も、自然と行きたいと感じています。怒られても何でも、あまり引き摺らないでいられています。

それで、今の自分にも生活にも、色々と問題が無いわけではないですけれど、でもなぜか安心感があります。最終的には大丈夫だと。色々な感情があっても、それだけではなく自分の奥に何かがある、というか。日々の仕事に追われて、視野が狭くなってしまったり、あーもうダルいなあと感じたりすることがあっても、お行で教えられたことをふと思い出して、その流れに飲み込まれないようにする自分がいます。そうした挑戦が、何か楽しいです。これからも自分に伸び代があることが分かるので。

自分が自然と変化していく、無理やりやっていることではなく、何か体や心が求めているままになっているのかな、と思います。何か問題が起きても、これまでの見方に囚われるのではなく、色々な見方があるなと思えることも最近の変化です。人の態度で嫌な感情があっても、あ、もしかしたら自分もしてないか、と振り返られるようになりました。それらはやっぱりお行のお陰かな、と思っています。

これからの自分がどう変わっていけるのか、楽しみです。